吐山村(読み)はやまむら

日本歴史地名大系 「吐山村」の解説

吐山村
はやまむら

[現在地名]都村大字吐山

都介野(つげの)岳南方、笠間(かさま)川上流域の渓谷に立地。田町(たちよう)・城福寺(じようふくじ)・長野(ながの)・中南(なかみなみ)・小川口(おがぐち)・大夫(おぶ)・清水(しみず)の諸集落よりなり、「大和志」にも「吐山(はやま)属邑六」と記す。「大乗院雑事記」延徳元年(一四八九)一一月二八日条に「早山藤満二荷・両種持参、見参、扇一本給之、白石庄請申代官也」と、地侍吐山(早山)氏の記事が認められる。「多聞院日記」には、延徳三年六月一四日条に「同十四日六方沙汰人廿一人被下向、吐山本城一宇、并桑谷式部之家被焼払畢、并向後対寺門不可有緩怠、同藤満不可有許容旨」、永正三年(一五〇六)八月二四日条に「郡山城没落、(中略)然間国衆者十市・箸尾・越智以下南脇衆者、悉以多武峯楯籠堅固ニ相踏了、北脇衆者悉以筒井初而吐山辺落集了、依之北脇国中者京衆ノ知行分也」と吐山城の記事が散見する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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