向ヶ岡弥生町(読み)むこうがおかやよいちよう

日本歴史地名大系 「向ヶ岡弥生町」の解説

向ヶ岡弥生町
むこうがおかやよいちよう

[現在地名]文京区弥生(やよい)一―二丁目

明治五年(一八七二)成立。近世には旧水戸藩邸などすべて武家地であった。水戸藩邸は元和八年(一六二二)水戸藩徳川家の下屋敷として置かれた(のち中屋敷に変更)。天保六年(一八三五)北西隣にあった播磨安志藩小笠原家下屋敷が他所に移り、一帯はすべて水戸藩中屋敷の敷地となり、その後変更はなかった。幕末頃には北は根津(ねづ)権現境内や旗本屋敷、南は加賀金沢藩前田家上屋敷、東は旗本屋敷や寺院、西は駒込片(こまごめかた)町や旗本屋敷・寺院などであった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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