和地庄(読み)わじのしよう

日本歴史地名大系 「和地庄」の解説

和地庄
わじのしよう

荘名の初見は和地庄雑掌訴状(金沢文庫所蔵)

<資料は省略されています>

と記されている。年代は不明であるが、永仁三年(一二九五)書写の華厳経随疏演義鈔の紙背文書であって、同年に近い時期のものと思われる。これによれば、和地庄は鎌倉後期に六勝寺の一つ延勝えんしよう(近衛天皇立願)領であり、六郎三郎入道なる者に横暴されていることが知られ、おそらく延勝寺建立の平安末期よりの立荘であろう。泉福寺縁起(田原町渥美家蔵)に天平年間(七二九―七四九)渥美源五郎重国の娘菊が和地庄を賜ったとの説話は後世仮託されたものである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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