和泉河原新田村(読み)いずみかわらしんでんむら

日本歴史地名大系 「和泉河原新田村」の解説

和泉河原新田村
いずみかわらしんでんむら

[現在地名]会津坂下町中泉なかいずみ

みや(鶴沼川)右岸にあり、南対岸は坂下村、東は中政所なかまんどころ村。宮川は村の南西で迂回して村西を北流する。寛永元年(一六二四)青木次郎右衛門が指導者となり鶴沼つるぬま川の河川敷を開拓し、もとは泉新田といったが、寛文四年(一六六四)和泉河原新田村と改めたという(新編会津風土記)。水害常襲地帯で開発はきわめて難渋したと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む