和田城跡(読み)わだじようあと

日本歴史地名大系 「和田城跡」の解説

和田城跡
わだじようあと

[現在地名]南信濃村和田 上ノ平

盛平せいへい(七七〇メートル)山麓台地上に位置し、南北西の三面は高さ一二―一八メートルの断崖をなし、背後は盛平山の急傾斜に連なっている。

山麓をめぐる半月形の細長い平坦部(東西約二二―四一メートル、南北約七二―一〇八メートル)に本郭があり、その北西部に突き出した一段低い平地が出郭になっている。土居・堀の跡は認められない。本郭下に広がる小池こいけ川下流の沖積地に城下町が形成されたと思われ、現在、尾屋敷おやしき殿町とのまち桜門前さくらもんまえ的場まとばなどの地名が残る。その辺りは後に秋葉道の和田宿となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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