和貴宮神社(読み)わきのみやじんじや

日本歴史地名大系 「和貴宮神社」の解説

和貴宮神社
わきのみやじんじや

[現在地名]宮津市字宮本

宮津城下町時代の職人町しよくにんまちに面して建つ。裏は万町よろずまち通。祭神は天之水分神、相殿に豊受毘売神を祀る。旧村社。

慶長七年(一六〇二)七月の宮津下村御検地帳(筑波大学蔵)に「わきの宮」とみえるが、近世にはおもに分宮わけのみやと称していたと思われる。近年改称した。

「丹後旧事記」に「分の宮 有宮津市場東渚」とする。中世末の丹後国御檀家帳に「宮津市場」があり、一応関連づけてみることができる。創立は明らかでないが永正二年(一五〇五)、慶長一七年再建の棟札があったという(丹後宮津志)。「宮津府志」によると古来府中ふちゆう一宮この神社の別宮で、別の宮と称していたのが分の宮となったと伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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