和食庄(読み)わじきのしよう

日本歴史地名大系 「和食庄」の解説

和食庄
わじきのしよう

「和名抄」所載の古代の和食郷の地を中心に成立した荘園で、芸西村和食・西分(にしぶん)・馬(うま)ノ上(うえ)と、安芸市赤野(あかの)付近を荘域とする。「中右記」嘉保二年(一〇九五)三月六日条に「参殿下(藤原師通)、内覧文書等御出之間面所内覧也、左府被申土左国和食庄事夫工」とあり、和食庄が伊勢神宮の遷宮のための役夫工を課されたことがみえる。しかし翌永長元年(一〇九六)七月二五日条には「晩頭依召参左府、土左国和食庄申文役夫工多被免事令付給」とあり、役夫工は免ぜられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む