哀牢夷(読み)あいろうい(その他表記)Ai-lao Yi; Ai-lao I

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「哀牢夷」の意味・わかりやすい解説

哀牢夷
あいろうい
Ai-lao Yi; Ai-lao I

中国,漢代に現在の雲南省南西部の地にいた西南夷の一部族国。沙壱 (さい) という名の女性が漁獲中,沈木に触れて感じ 10子を産んだ。のち沈木は化して竜となり末子の九隆をなめたので,九隆は推されて王となったという始祖伝説をもつ。この部族は従来タイ語系とされていたが,チベット=ビルマ語族の要素も強いという。建武 23 (47) 年以来後漢に服属し,明帝は永平 12 (69) 年,この地に永昌郡をおいた。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む