改訂新版 世界大百科事典 「始祖伝説」の意味・わかりやすい解説
始祖伝説 (しそでんせつ)
ある民族,部族また親族集団などの起源を述べる伝説である。そこには,当の集団の祖先にあたる神的存在や半神的英雄の功業・事跡などがしばしば含まれる。人類起源神話と重なるモティーフを持つものもあるが,普通,宇宙の秩序が設定された後に物語が展開するため,既存のさまざまの領域からの始祖の出現を語るものが多い。天からの降下や海上渡来あるいは地中からの出現などである。また他の土地から陸上を移動して来る場合もある。アフリカ,ことに東アフリカの諸民族の間では,神の世界創造に続いて,部族の始祖の活躍が伝えられる。始祖は,しばしば別の土地から来た超自然的存在で,現在の居住地を放浪する過程で,社会的諸制度やさまざまの文化要素をもたらし,土地の女たちと結婚して,血縁集団の祖となる息子たちを生んでいったとされる。始祖は,現在の人々の生活や行動の範型を形づくった者であり,始祖伝説はその過程を物語る。社会階層の分化した社会である場合,始祖伝説は,しばしば支配者やその家系の起源を語ることによって,現実の社会構造を根拠づけ,支配権を正当化する〈憲章〉として機能する。東南アジアの王統の始祖は,海上より来た異人と土地の娘(ときに竜蛇の娘)との婚姻から生じたと伝わる。いうまでもなくこれがそのまま現実の出来事を語るものでないが,東南アジアの初期の国家形成における外来のヒンドゥー文化の影響という歴史的事実を反映していると指摘されている。陸上の移住を語るアフリカの始祖伝説のあるものも,侵略・征服という歴史的事実と対応させて考えられている。始祖伝説の中には,神的存在と人間との婚姻のモティーフが含まれる。神的存在に代わって,先のように別の土地からの異人のこともあり,また動物との婚姻の話もある。動物を始祖とする話は,動物と人間との間に親縁関係を認める狩猟民の世界観を背景にしている。
→創世神話
執筆者:田村 克己
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報