唐物町三丁目上半(読み)からものまちさんちようめかみはん

日本歴史地名大系 「唐物町三丁目上半」の解説

唐物町三丁目上半
からものまちさんちようめかみはん

[現在地名]東区唐物町三丁目・船場中央せんばちゆうおう二丁目

唐物町二丁目下半の西に続き、難波橋なにわばし筋から中橋なかばし筋まで。明暦元年(一六五五)大坂三郷町絵図には唐物町三丁目とあり、のちに三丁目上半・同下半の二町に分れた(初発言上候帳面写)。大坂三郷南組に属し、元禄一三年(一七〇〇)三郷水帳寄帳では屋敷数一七・役数一六半役で、うち年寄分一役が無役。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む