喜吉町(読み)きよしちよう

日本歴史地名大系 「喜吉町」の解説

喜吉町
きよしちよう

下京区仏光寺通堀川東入

東西に通る仏光寺ぶつこうじ(旧五条坊門小路)を挟む両側町。

平安京の条坊では左京五条二坊三保一一町北側及び同四保一〇町南側の地、平安中期以降は五条坊門堀川の東にあたる。元亀二年(一五七一)の上下京御膳方御月賄米寄帳(立入宗継文書)によると、「川ヨリ西組」の町組を構成する町に「五条坊門きよし町」がみえ、同年の御借米之記(同文書)にも、「五条坊門清町」とあって、既に現町名に共通した呼称が使用されている。

寛永一四年(一六三七)洛中絵図には「喜吉丁」、寛文一二年(一六七二)洛中洛外大図には「木よし町」と現町名が使われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む