喜多岡勇平(読み)きたおか ゆうへい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「喜多岡勇平」の解説

喜多岡勇平 きたおか-ゆうへい

1821-1865 江戸時代後期の武士
文政4年11月26日生まれ。筑前(ちくぜん)福岡藩士。尊攘(そんじょう)派として活動。文久3年(1863)世子黒田長知(ながとも)をたすけ長州・朝幕間の斡旋につくす。慶応元年藩論が転換し尊攘派への弾圧がはじまると,佐幕派への内通をうたがわれ同年6月24日暗殺された。45歳。名は元道。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「喜多岡勇平」の解説

喜多岡勇平 (きたおかゆうへい)

生年月日:1821年11月26日
江戸時代末期の筑前福岡藩士
1865年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む