喜多治伯(読み)きた じはく

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「喜多治伯」の解説

喜多治伯 きた-じはく

?-? 江戸時代前期-中期和算家,測量家。
京都の橋本吉隆(きちりゅう),田中由真(よしざね)にまなぶ。大坂にすみ,医を業とした。元禄(げんろく)(1688-1704)のころ高取藩主植村家敬(いえゆき)の命をうけて大和絵図を作製した。門下大島喜侍(きじ)がいる。大和(奈良県)出身。通称は新七。姓は喜田ともかく。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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