喜如嘉村(読み)きじやはむら

日本歴史地名大系 「喜如嘉村」の解説

喜如嘉村
きじやはむら

[現在地名]大宜味村喜如嘉きじよか

北西東シナ海に臨み、南東国頭山地、西は饒波ぬーは村。キジャハとよぶ。集落の海側はかつて海水の入る地であったが、今は耕地となり、その中を大川川(ウッカーガー)が流れる。「おもろさうし」巻一三の二二三に「一 ゆらふさか(ユラフサ〔神女〕が)/けおのおれの さうしや(今日の天降りの嬉しさ)/なさいきよもい みおもかけ たちちへ(なさい子〔父老こ=按司的な人物〕のみ面影がたって)/又 きとかさに けさけらへ ありより(喜如嘉に昔からの古い建物がある)/又 くにかさか ゑんけらへ ありより(クニカサ〔神女〕の立派な建物がある)/又 わかのろか けおのおれの さうしや(若ノロが今日の天降りの嬉しさよ)/又 きちよかさに うち人 もちなし なさいきよもい(喜如嘉に神女官をもてなし 父老さま)」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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