喜志喜太夫(読み)きし きだゆう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「喜志喜太夫」の解説

喜志喜太夫 きし-きだゆう

?-? 江戸時代前期の能役者
紀伊(きい)の神事能師の子。初代和歌山藩主徳川頼宣(よりのぶ)につかえ,観世身愛(ただちか)にまなぶ。15歳で頼宣創案の「石橋(しゃっきょう)」の獅子舞(ししまい)を伝授されるが,頼宣没後とおざけられる。元禄(げんろく)7年(1694)大坂勧進能で,3代藩主綱教(つなのり)や観世宗家をあざむいて「石橋」を上演し,蟄居(ちっきょ)を命じられた。姓は貴志ともかく。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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