近世以前にあった入場料をとって公開した大規模な能の催しをいう。勧進とは元来寺社建立,橋梁・道路等の整備補修のための臨時的な寄付募集行為で,勧進能も初めはその目的に沿って催されたが,後には能役者自身の収益をはかるために興行されるようになった。原則として能役者が勝手に興行することはできず,武家貴人の許可と後援とを必要とする特別な行為で,この点は江戸期にいたるまで変わらなかった。勧進能の起源は不明。記録上の所見は田楽による勧進能がやや先行し,猿楽はそれより遅れるが,14世紀の半ばにはかなり盛行していたようである。目的からしても大観衆を集めねばならず,必然的に人口密集地京都での興行が多く,賀茂河原や大寺院の境内などを使用するのが普通であった。《太平記》や《申楽(さるがく)談儀》,あるいは《異本糺(ただす)河原勧進申楽記》などに初期勧進能(南北朝期)の様子が記述されているが,演能場は大きな円形をなし,周囲に一段高く桟敷を設けて武家貴人の観覧に供し,舞台は中央に置かれる。舞台と桟敷の中間の芝居が大衆席であった。桟敷の間口は5尺程度,その数は60~70前後だったようである。南北朝期から室町期初めには田楽座の勧進能が多かったものの,以後は室町期を通じて大和猿楽諸座の興行が多く,1433年(永享5)糺河原(観世大夫元重),1464年(寛正5)同所(観世大夫元盛と音阿弥),1505年(永正2)粟田口(金春大夫元安),1529年(享禄2)五条玉造(観世大夫元忠。弥次郎長俊ら助演)などが著名である。江戸時代には,四座一流大夫等の普通の勧進能のほかに,一世一代の勧進能があった。これは観世大夫が生涯に一度だけ許される特権で,興行は数日間にわたるうえ,江戸では入場券を各町の町人に強制的に割り当てたので,莫大な収入を約束された。幕末には宝生大夫に許された例もある。江戸期勧進能では,1702年(元禄15)京都七本松(観世大夫重記),1750年(寛延3)江戸(晴天15日,観世大夫元章(もとあきら)),1848年(嘉永1)江戸筋違橋門外(宝生大夫友于(ともゆき))などが有名である。
執筆者:片桐 登
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寺社建立や橋の建造、修理などの費用を集めるために催された興行能。鞍馬(くらま)寺改修を名目とする1464年(寛正5)の京都糺河原(ただすがわら)勧進能などが名高く、音阿弥(おんあみ)が出演し、将軍足利義政(あしかがよしまさ)以下が観覧した。のちには能役者自身のための催しとなり、とくに江戸ではしばしば催された。一方、幕府が能大夫(のうだゆう)に許す一世一代の大掛りなものもあったが、その最後の例は、1848年(嘉永1)の宝生(ほうしょう)大夫弥五郎(やごろう)の江戸筋違(すじかい)橋における勧進能で、晴天15日間、見物札は5万2500枚に及んだ。
[増田正造]
勧進猿楽とも。寺社や道路・橋の造営・修復の費用調達のための能の興行形態。1317年(文保元)法隆寺惣社勧進八講に袈裟大夫参勤の記録が,勧進に猿楽が関与した早い例で,39年(暦応2・延元4)には紀伊国幡河(はたがわ)寺で勧進猿楽が催されている。1422年(応永29)丹波猿楽の矢田による伏見御香宮の楽頭職買戻しのための勧進猿楽のように,勧進の名を借りて座の収益のみを目的とした興行がみられ,室町末期にはそれがふつうとなる。江戸時代には田楽衰退を反映して勧進能と称し,江戸・大坂・京を中心に諸都市で勧進能が盛行し,とくに幕府や藩の後援で一生に1度許される一代能が盛大で有名。
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…初期には舞台の後方に橋掛り(はしがかり)を付けるなど,現在と著しく違う形の能舞台もあったが,江戸時代には様式が固定した。能舞台は元来屋外に建造するもので,これと相対する別棟の建物を正規の観客席としたが,勧進能など大衆の入場する催しでは両者の中間にある白洲(しらす)をその席に当てた。しかし,おもだった能役者は自宅の屋内に稽古(けいこ)舞台を持っていたので,明治以後はそこで公開の催しを行うようになった。…
※「勧進能」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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