嘉手納村(読み)かでいなーむら

日本歴史地名大系 「嘉手納村」の解説

嘉手納村
かでいなーむら

[現在地名]嘉手納町嘉手納(かでな)・水釜(みずがま)・水釜六丁目

現嘉手納町北部に位置し、北は比謝(ひじや)川で読谷山(ゆんたんじや)間切大湾(わん)村(現読谷村)と境し、東は屋良(やら)村、南は嘉手納ヌ前(かでいなーぬめー)の屋取集落、西を西海道(現嘉手納飛行場内)が走る。カディナーとよばれる。絵図郷村帳には賀手名村とある。琉球国高究帳には嘉手名村とみえ、高頭二四八石余、うち田二石余・畠二四六石余。雍正一三年(一七三五)の重出米の高は北谷按司掛分畠方一六石余、嘉手納のろくもい分畠方六石余、百姓持畠方一二三石余の計六八八石余で、いずれも粟で上納した(琉球産業制度資料)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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