因斯羅我(読み)いんしらが

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「因斯羅我」の解説

因斯羅我 いんしらが

日本書紀」にみえる渡来人
画部(えかきべ)として記録される最初の人。雄略天皇7年,陶部(すえつくりべ),鞍部(くらつくりべ)などとともに百済(くだら)(朝鮮)から渡来。吾礪広津邑(あとのひろきつのむら)(大阪府八尾市か)におかれたが風土になじめず,ほか工人とともに現在の奈良県明日香村付近にうつされた。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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