国源寺観音堂(読み)こくげんじかんのんどう

日本歴史地名大系 「国源寺観音堂」の解説

国源寺観音堂
こくげんじかんのんどう

[現在地名]橿原市大久保町

大久保おおくぼ集落の南部、大窪おおくぼ寺跡推定地に小堂を残す。浄土宗。建久八年(一一九七)の「多武峯略記」に、「旧記云、国源寺、寺在高市郡畝傍山東北、天延二年三月十一日早朝、検校泰善過彼地、途中有人、戴頭(頭戴カ)白髪身着茅簑、告泰善曰、師於此地為国家栄福講一乗矣、泰善問云、公姓名亦住処何乎、答曰、我是人皇第一国主也、常住此処、言訖不見、故泰善毎年三月十一日到彼地講法華、貞元二年当国守藤原国光伝聞此事、建方丈堂安観音像、永為当寺末寺矣」と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む