国留村(読み)くにどめむら

日本歴史地名大系 「国留村」の解説

国留村
くにどめむら

[現在地名]上下町国留

弘法(こうぼう)山(五八四メートル)の東南麓、矢多田(やただ)川の上流域にあり、北から東を深江(ふかえ)、南を矢野(やの)などの村に囲まれる。村内国留八幡神社の天文一六年(一五四七)の年号のある棟札に「国留郷」とあるが、元和五年(一六一九)の備後国知行帳は「国冨村」として四〇五石余を記す。しかし以降の検地帳類では国留村とあり、元禄一三年(一七〇〇)の備前検地では四八二石余。戸口は享保二年(一七一七)が戸数六九・人口三四八、寛政六年(一七九四)には戸数四二・人口一六四と減少している(旧版「広島県史」)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む