園町南側(読み)ぎおんまちみなみがわ

日本歴史地名大系 「園町南側」の解説

園町南側
ぎおんまちみなみがわ

東山区四条通大和大路東入南側

四条通の南側に位置。現在は八坂(やさか)神社境内及び明治五年(一八七二)一〇月に上地された建仁(けんにん)寺境内北部を併せる広域だが、天明二年(一七八二)祇園町差上絵図(上河原雄吉家文書)などによれば、江戸時代は四条通に面した部分のみであった。東は祇園社石段下(いしだんした)、西は大和大路(やまとおおじ)の間である。

祇園町の称は寛永年間(一六二四―四四)にみえるが(→園村(園町))、南北に分けて表記したのは、荻野家文書の延宝二年(一六七四)四方洛外町続之町々小名之覚に「祇園南側町」と出、正徳四年(一七一四)洛外町続町数小名并家数改帳に「一、六拾軒 祇園町南側」とみえる。この数は祇園町差上絵図の家数と比べて大差なく、町の市街化は既に正徳年間には完了していたと解される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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