土太夫町(読み)どだゆうちよう

日本歴史地名大系 「土太夫町」の解説

土太夫町
どだゆうちよう

[現在地名]静岡市土太夫町・安西あんざい一丁目

駿府城下の縦筋(縦町)第二行の両側町。南は上桶屋かみおけや町、北は柚木ゆずのき町、東と西は明屋敷(以上、町方絵図)町名は土太夫という人物の居住にちなむとされ、寛永年間(一六二四―四四)にはちや町三丁目とよばれたという(駿河記)。土太夫については駿府浅間(静岡浅間神社)社人大井氏の門人との説がある(修訂駿河国新風土記)。貞享三年(一六八六)の時之鐘鋳直集銭帳(県立中央図書館所蔵文書)によると、家数は丁頭家一・本家二七・借家六。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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