土手下新田村(読み)どてしたしんでんむら

日本歴史地名大系 「土手下新田村」の解説

土手下新田村
どてしたしんでんむら

[現在地名]上河内村上田(うわだ)

金田(かねだ)村の東に位置する。もとは下田原(しもたわら)村(現河内町)の地内、寛文一一年(一六七一)上台(かみだい)新田村枝郷として発足、同一二年宇都宮藩領となり、高一五石七斗余(「年貢割付状」佐藤正重文書)。安永三年(一七七四)の高二四石(畑一五石・田九石)、家数一三(本百姓一二・合地百姓一)・人数八八、馬九(「村明細帳」松田甚四郎文書)。元禄六年(一六九三)土手下新田村惣百姓の宮座座帳(同文書)では、一番庄屋久左衛門・左一番組頭庄兵衛・右一番次郎左衛門と記され、左右一二人の名が列記、扱人真照(しんしよう)寺とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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