土河原村(読み)とがわらむら

日本歴史地名大系 「土河原村」の解説

土河原村
とがわらむら

[現在地名]飽田町土河原

五ヵ町の一つである高橋たかはし(現熊本市)の南南東約半里余に位置し、北側を西流する白川対岸新土河原しんとがわら(現熊本市)である。建武三年(一三三六)八月一八日「唐河原」において、北朝方の今川助時に属した詫磨親元・同宗直・小代重峯らは、南朝方菊池武敏と戦った(同年九月一〇日「詫磨親元軍忠状」詫摩文書など)。この唐河原を上益城かみましき郡益城町砥川とがわとする説もあるが、いずれとも決しがたい。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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