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菊池武敏 きくち たけとし

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

菊池武敏 きくち-たけとし

?-? 南北朝時代の武将。
菊池武時(たけとき)の子。肥後(熊本県)菊池氏の一族。父の功績で掃部助(かもんのすけ)となる。足利尊氏が建武(けんむ)政権にそむくと,菊池城を本拠に挙兵。建武2年(1335)九州にのがれた足利軍と筑前(ちくぜん)(福岡県)多々良(たたら)浜でたたかって敗れるが,その後も九州各地で北朝方と交戦。72歳で死去したという。通称は九郎。

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大辞林 第三版の解説

きくちたけとし【菊池武敏】

南北朝時代の武将。武時の子。足利尊氏の九州下向に際し、太宰府の少弐氏と戦ってこれを下したが、足利・少弐軍に多々良浜で敗れた。生没年未詳。

出典|三省堂
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世界大百科事典内の菊池武敏の言及

【多々良浜の戦】より

…その戦況は《太平記》や《梅松論》に活写され,両軍の兵力は菊池勢4万~5万騎,足利勢300騎とも記される。それはともかく,敗れた阿蘇大宮司惟直は重傷を負い間もなく自害,菊池武敏は本拠肥後に帰国した。尊氏はそれから1ヵ月間,大宰府に滞在,とくに菊池武敏と南九州の肝付(きもつき)兼重を討伐するために,九州・西中国の諸勢力に対して種々の文書を発している。…

※「菊池武敏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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