日本歴史地名大系 「垣吉村」の解説 垣吉村かきよしむら 石川県:鹿島郡田鶴浜町垣吉村[現在地名]田鶴浜町垣吉・東山(ひがしやま)所口(ところぐち)町(現七尾市)に向かう道が二宮(にのみや)川を渡る辺りを中心に南北に延びる村で、西は新屋(あらや)村など。一青組巨細帳(岡部文書)では「片山里方」と記される。「かきよし」の地名がつまって「かきし」とも呼称する。天正八年(一五八〇)から長連竜領で、文禄二年(一五九三)の鹿島半郡高帳に村名がみえ、高一四五石余。寛文一一年(一六七一)の鹿島半郡高免付帳(長文書)によると高一四六石、免四ツ七歩一厘。同年加賀藩直轄領となり、延宝七年(一六七九)の村御印(垣吉区有文書)では高一七二石、免四ツ二歩、小物成として鳥役一匁・山役八匁・苦竹役一匁。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by