垣平村・垣内村(読み)かいだいらむら・かいとむら

日本歴史地名大系 「垣平村・垣内村」の解説

垣平村・垣内村
かいだいらむら・かいとむら

[現在地名]十津川村大字平谷(ひらたに)

猿飼(さるかい)村の対岸にある。十津川郷のうち。寛永郷帳にみえる「平谷村」(村高二五石)が、年代は不詳であるが元禄期(一六八八―一七〇四)までに垣平村と垣内村に分れた。元禄郷帳では「垣平(かいたいら) 村」村高七・四二二石、「垣内(かいと)村」村高六・一一四石と記されている。ともに幕府領。安政四年(一八五七)の産物取調帳(十津川宝蔵文書)には「垣内垣平右両村分」として、杉角尺〆七〇本、檜角尺〆一〇本、杉板一〇〇間、松脂六貫目、樽丸二〇丸、炭一〇俵とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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