垣鼻村(読み)かいばなむら

日本歴史地名大系 「垣鼻村」の解説

垣鼻村
かいばなむら

[現在地名]松阪市垣鼻町・春日かすが町一―三丁目・みなみ町・長月ちようげつ

田原たわら村の西、西岸江にしきしえ村の南にあり、村域南部を名古須なこす川が流れる。村域中央を伊勢参宮街道が通る。垣鼻について「五鈴遺響」に「松坂府駅ノ所置ノ後ノ名ニシテ駅家ノ垣墻ノ頭ト云義ナルヘシ」とある。古くは神戸かんべ六郷に属し、のち北畠氏の支配下にあったとされる。沢氏古文書(内閣文庫蔵)永禄一一年(一五六八)一一月一一日付の人夫改のなかに「か井はな」「かいはな」「かいはな下へた」といった地名がみえる。

文禄検地帳(徳川林政史蔵)に「垣鼻村」と記されている。近世は和歌山藩松坂領。明治二年(一八六九)大指出帳(同蔵)によれば家数一〇一、人数三七二。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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