堀川遺跡(読み)ほりかわいせき

日本歴史地名大系 「堀川遺跡」の解説

堀川遺跡
ほりかわいせき

[現在地名]新旭町旭 堀川

安曇あど川左岸の高島沖積平野のほぼ真ん中に立地する弥生時代後期から鎌倉時代にかけての集落遺跡。昭和四五年(一九七〇)湖西線の建設工事に伴う発掘調査を第一次として、以後毎年の継続調査によって古墳時代後期の竪穴住居跡十数棟、平安時代末期の掘立柱建物跡三十数棟が検出された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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