堀部村(読み)ほりべむら

日本歴史地名大系 「堀部村」の解説

堀部村
ほりべむら

[現在地名]長浜市堀部町

保多ほだ村の南、丘陵麓に位置。南は石田いしだ村・小屋こや村。西方に枝郷の正福寺しようふくじ村がある(木間攫)。「蔭涼軒日録」長禄二年(一四五八)四月一〇日条に「江州堀部上坂」とみえる(→上坂郷。寛永石高帳では高七九五石余、彦根藩領。寛文四年(一六六四)の彦根領分高帳(間塚文書)によると定免で五ツ五分。元禄八年大洞弁天寄進帳では男一九六・女二〇〇、寺社方男二・女三。「木間攫」は堀部氏の屋敷跡が残ると伝え、同氏は佐々木頼国の子、堀部備前守宗泰を初代とし、六角氏に属し、京極・浅井氏には従わなかったとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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