堂の貝塚(読み)どうのかいづか

日本歴史地名大系 「堂の貝塚」の解説

堂の貝塚
どうのかいづか

[現在地名]金井町貝塚 堂後

国仲くになか平野に臨む標高一六メートルの通称貝塚の四八沢の沢頭にある。半鹹半淡の古国仲ラグーンに面する。表土より三〇センチで破砕貝層・混土貝層である。厚さは三センチから三〇センチの列点貝塚であるが、ほぼ一〇〇メートルの円形の広がりをもち、全体では馬蹄形となる。サドシジミガイ主体の主淡貝塚でカキが数個混じる。貝塚からは一〇個の墓壙が出土した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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