堂島新地中一丁目(読み)どうじましんちなかいつちようめ

日本歴史地名大系 「堂島新地中一丁目」の解説

堂島新地中一丁目
どうじましんちなかいつちようめ

[現在地名]北区堂島どうじま一丁目

単に堂島中一丁目ともいう。堂島船大工どうじまふなだいく町の西に延びる両側町で、東は曾根崎橋そねさきばし筋から西は渡辺橋わたなべばし筋までの二町分。「宝暦町鑑」に「南中まちの丁」と記すように堂島には中筋が南北二本あり、当町は南中町。大坂三郷天満組に属し、元禄一三年(一七〇〇)三郷水帳寄帳では屋敷数二二・役数二一役で、うち年寄分一役が無役。延享版「難波丸綱目」に加賀能登・越中船宿北国屋伊兵衛がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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