堂形前(読み)どうがたまえ

日本歴史地名大系 「堂形前」の解説

堂形前
どうがたまえ

[現在地名]金沢市広坂ひろさか一―二丁目・片町かたまち一丁目・本多町ほんだまち三丁目

南は柿木畠かきのきばたけに接し、西は仙石せんごく町、東は広坂下へ続く。京都三十三間堂(蓮華王院)の間尺を模した的場があり、その前の通りであることから堂形前と称されるようになった。のち当地に藩の米倉ができ、これを堂形といった(金沢古蹟志)。元禄六年(一六九三)の侍帳に「小幡宮内 古堂形裏門近所」、享保三年(一七一八)の記録(改作所旧記)に「古堂形・新堂形」とみえ、この頃まで堂形の新旧を区別していたらしい。堂形米倉の創立年代は不詳であるが、五代藩主前田綱紀の時代の、越中組大工肝煎与三右衛門父浄雲の口演書(金沢古蹟志)に、「本堂形以前は近藤甲斐守屋鋪と申候、其節御蔵無御座候、御米蔵出来以後堂形与申候、年数六十年許に罷成候様に覚申候」とあり、これによれば寛永年中(一六二四―四四)にさかのぼる可能性がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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