堂米野村(読み)どうめのむら

日本歴史地名大系 「堂米野村」の解説

堂米野村
どうめのむら

[現在地名]鹿央町合里(あいざと)

米野(めの)山の東南山麓部に位置し、東は下原(しもばる)村、南は米野村、北は下米野村と接する。近世は玉名(たまな)郡中富手永に属した。慶長一三年(一六〇八)の検地帳に「米野村之内打出堂米野村」とあり、米野村の打出分をもって一村として独立したと思われる。同帳によると田一〇町八反六畝余・畑三五町四反四畝余、分米三三八石六斗余、家数一四・人数四二、牛馬九。元和七年(一六二一)当村三三八石は神田修理亮に宛行われる(同年一一月一日「加藤忠広宛行状」神田文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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