堅島庄(読み)かたしまのしよう

日本歴史地名大系 「堅島庄」の解説

堅島庄
かたしまのしよう

現苅田町南部の小波瀬おばせ川流域に比定される庄園。現大字上片島かみかたしま・下片島が遺称地。暦応三年(一三四〇)五月二日に浄土院に寄進された鐘(現在は鎌倉市浄智寺蔵)の銘に「京都郡堅島村」とあり、この鐘は沙弥朝阿が平春時ほかの菩提を弔ったものである。浄土院は上片島にあった浄土寺とされるが(太宰管内志)、江戸初期に周防国吉敷よしき朝田あさだ(現山口市)五宮ごのみや(現朝田神社)に移されたのち、浄智じようち寺の所蔵となった(古鐘銘集成)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む