堅島庄(読み)かたしまのしよう

日本歴史地名大系 「堅島庄」の解説

堅島庄
かたしまのしよう

現苅田町南部の小波瀬(おばせ)川流域に比定される庄園。現大字上片島(かみかたしま)・下片島が遺称地。暦応三年(一三四〇)五月二日に浄土院に寄進された鐘(現在は鎌倉市浄智寺蔵)の銘に「京都郡堅島村」とあり、この鐘は沙弥朝阿が平春時ほかの菩提を弔ったものである。浄土院は上片島にあった浄土寺とされるが(太宰管内志)、江戸初期に周防国吉敷(よしき)郡朝田(あさだ)村(現山口市)の五宮(ごのみや)(現朝田神社)に移されたのち、浄智(じようち)寺の所蔵となった(古鐘銘集成)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む