堤田庄(読み)つつみたのしよう

日本歴史地名大系 「堤田庄」の解説

堤田庄
つつみたのしよう

尾張国の春部かすがべ海東かいとう・中島・知多丹羽の五郡に分布する荘園。「仁和寺御伝」第二代大御室性信の項、治暦二年(一〇六六)五月二五日条に「御修法孔雀経、二条関白教通、癰瘡祈也、平癒之間、尾張国堤田庄、阿波国篠原庄被進之」とあって、初め藤原氏摂関家領として成立し、治暦二年教通により仁和寺に寄進された。

平安後期と推定される尾張国山名庄下司等解(仁和寺文書)によれば、当庄は初め春部・海東・中島・知多・丹羽の五郡に分布していたとされ、免田系の荘園であったと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む