塚田達二郎(読み)ツカダ タツジロウ

20世紀日本人名事典 「塚田達二郎」の解説

塚田 達二郎
ツカダ タツジロウ

明治期の官僚



生年
明治1年(1868年)

没年
明治45(1912)年4月25日

出身地
信濃国(長野県)

学歴〔年〕
帝国大学卒

経歴
大蔵省国債局長などを務めたが、明治43年桂太郎首相の公債政策を漏洩して休職。44年第2次西園寺内閣の蔵相山本達雄により参事官として復帰した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「塚田達二郎」の解説

塚田達二郎 つかだ-たつじろう

1868-1912 明治時代の官僚。
明治元年生まれ。大蔵省にはいり,国債局長などを歴任。明治43年桂太郎首相の公債政策を漏洩して休職を命じられるが,翌年第2次西園寺内閣の蔵相山本達雄に参事官としてむかえられた。明治45年4月25日死去。45歳。信濃(しなの)(長野県)出身。帝国大学卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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