塩津中村(読み)しおつなかむら

日本歴史地名大系 「塩津中村」の解説

塩津中村
しおつなかむら

[現在地名]西浅井町塩津中

野坂(のざか)村の西、大(おお)川中流両岸段丘に立地。同川左岸を塩津街道が通る。たんに中村ともいう。寛永石高帳に村名がみえ高七三五石余、山城淀藩領。元禄郷帳では甲斐甲府藩領。天明村高帳では三河吉田藩領。香取(かとり)神社は古くは香取五社(かとりごしや)明神と称し、もと余(よ)村に鎮座していた。また海北(かいほく)の宮ともよばれ、湖上交通の神として崇敬されていた。延暦八年(七八九)の洪水で現在地に移遷。弘仁五年(八一四)から近世まで余村・中村により神事式典が行われてきた。慶長一八年(一六一三)氏子であった祝山(ほりやま)・野坂両村が離脱したと伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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