塩田館跡(読み)しおだやかたあと

日本歴史地名大系 「塩田館跡」の解説

塩田館跡
しおだやかたあと

[現在地名]上田市大字五加

五加ごか集落の中央の字内堀の辺りにあった館の跡。

養和元年(一一八一)小県ちいさがた郡依田庄で挙兵した木曾義仲に随行した信濃武者の中に、塩田八郎高光の名がみえる(参考源平盛衰記)が、塩田館はこの高光の居館という。遺構調査の結果によれば、内堀・中屋敷・城村の三つに分れ、大明神岳から発したさん川の流れを自然の堀として、南と東を固め、旧河床を利用して水堀としている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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