境川町(読み)さかいがわまち

日本歴史地名大系 「境川町」の解説

境川町
さかいがわまち

[現在地名]大津市京町きようまち三―四丁目・中央ちゆうおう三丁目

鍛冶屋かじや町の東に連なる京町通の両側町。京町組の東端に位置し、寛保二年町絵図では東の中町組和泉いずみ町の境を吾妻あづま川が流れる。同川に結ばれる川溝が町裏を流れ、八町組のほうにも続く。元禄八年町絵図では堺川町とみえ、家数七〇軒(うち寺三)。藪二ヵ所があり、生水と記すのは井戸であろう。元禄一〇年(一六九七)当時の酒造家は三軒あったという(大津市志)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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