増泉村(読み)ますいずみむら

日本歴史地名大系 「増泉村」の解説

増泉村
ますいずみむら

[現在地名]金沢市増泉一―五丁目・神田かんだ一―二丁目・中村町なかむらまち野町のまち五丁目・糸田新町いとだしんまち大和町だいわまち

石坂いしさか村の北、犀川下流南岸に位置する。北方対岸に飛地の向増泉むかいますいずみがある。中世益富ますとみ保の比定地。天正一一年(一五八三)八月一七日、前田利家が種村三郎四郎に与えた知行所付(拾遺温故雑帖)に「六拾参町八段七拾四歩 増富村」とみえ、元和五年(一六一九)三代藩主前田利常が大田大学に与えた知行所目録にも増富村の名がみえる(加能郷土辞彙)。しかし正保郷帳では増富村の名がみえず、この間に増泉と改められたと考えられるが、詳細は不明。同郷帳では高八八一石余、田方五七町二反余・畑方一町四反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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