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多政方 おおの まさかた

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

多政方 おおの-まさかた

?-1045 平安時代中期の雅楽家。
多好用(よしもち)の子。多自然麻呂(じねんまろ)より8代目。歌,舞にすぐれ楽家多氏の一者(いちのもの)を26年間もつとめた。長久元年(1040)内侍所神楽(ないしどころかぐら)で「宮人」の曲を唱して,朝臣(あそん)の姓(かばね)をあたえられた。寛徳2年死去。京都出身。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

多政方

没年:寛徳2(1045)
生年:生年不詳
平安時代中期の雅楽奏者。宮廷勤仕の地下楽家のひとつ,多家の出。祖の自然麻呂より8代目に当たる。正方,正賢,雅方,政賢とも。雅楽一の者を26年勤める。周防守,右近将監。専門は御神楽の人長(舞),笛。故事によれば,藤原俊家が若かりしころ,宿直を終えた朝,紫宸殿に咲く満開の桜を眺めて思わず口ずさんだ催馬楽の「桜人」の歌を聞き,政方はすかさず花の下に進み出て高麗楽の「地久ノ破」を舞い,さらに「蓑山」の歌に対して「地久ノ急」を舞った(高麗楽の「地久ノ破」と「地久ノ急」は,催馬楽の「桜人」と「蓑山」の原曲とされる)。このような時宜を得た芸のやりとりを称賛した故事が『糸竹口伝』『古今著聞集』にみえ,当時の風雅な生活が偲ばれる。

(蒲生美津子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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