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多木久米次郎 たき くめじろう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

多木久米次郎 たき-くめじろう

1859-1942 明治-昭和時代前期の実業家,政治家。
安政6年5月28日生まれ。明治18年生地の兵庫県別府(べふ)村(加古川市)で,獣骨を原料として,わが国最初の人造肥料を生産。大正7年多木製肥所(現多木化学)を設立,多種の肥料をつくり海外にも輸出,肥料王とよばれる。また別府軽便鉄道をつくった。明治41年衆議院議員(当選6回,政友会)。昭和17年3月15日死去。84歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

多木久米次郎

没年:昭和17(1942)
生年:安政6(1859)
わが国最初の人造肥料製造家。姫路藩領播磨国加古郡別府村(兵庫県加古川市別府町)の地主で魚肥商の多木勝市郎の3男。母はしか。父の死後,20歳で家業を継ぐ。前田正名に傾倒して,農村振興の基礎を安価で良質な肥料に求め,明治23(1890)年に獣骨を原料とした過燐酸肥料の製造を開始した。その後,原料を燐鉱石に変え,更にカリや窒素などの肥料をも製造した。大正7(1918)年には多木製肥所を株式会社多木製肥所に改め,社長に就任。また,村議,県議を経て,明治41年に衆院議員に当選した。5回の当選を重ね,昭和14(1939)年には貴族院議員となった。<参考文献>多木久米次郎伝記編纂会編『多木久米次郎』

(長谷川彰)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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