多聞村(読み)たもんむら

日本歴史地名大系 「多聞村」の解説

多聞村
たもんむら

[現在地名]垂水区多聞町・南多聞台(みなみたもんだい)一―八丁目・多聞台一―五丁目・清水(しみず)が丘(おか)一―三丁目・西脇(にしわき)一―二丁目・本多聞(ほんたもん)一―七丁目・小束山本町(こづかやまほんまち)一―二丁目・学(まなび)が丘(おか)一―七丁目・潮見(しおみ)が丘(おか)二丁目・舞子坂(まいこざか)三―四丁目・舞子陵(まいこりよう)・神陵台(しんりようだい)一丁目・同四丁目・同九丁目・小束山二―七丁目

山田(やまだ)川の流域に位置し、南は山田村。現岐阜県御嵩(みたけ)町願興(がんこう)寺所蔵釈迦三尊像の寛元二年(一二四四)五月二三日の胎内銘に「明石郡多聞」とみえ、後述する多聞寺にあたるか。慶長国絵図に多門寺、正保郷帳では多聞寺村と記され田方四八三石余・畠方六七石余、芝山あり。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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