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立山 たてやま

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

立山
たてやま

富山県東部,飛騨山脈北西部の立山連峰の主峰群。立山町に属する。雄山(3003m),最高峰大汝山(3015m),富士ノ折立(ふじのおりたて,2999m),浄土山(2831m),真砂岳(2861m),別山(2880m)などの総称で,そのうち立山信仰における「三山駆け」の対象となる浄土山,雄山,別山を特に立山三山と呼ぶ。山体は飛騨変成岩類の花崗閃緑岩で構成され,山頂付近には山崎カール(山崎圏谷。国の天然記念物)のほか,御前沢,内蔵ノ助沢,真砂沢,剣沢などのカール群が発達している。平安時代修験者によって開山,江戸時代には山麓の芦峅寺地区を中心に山岳信仰が盛んになった。富山市から富山地方鉄道で立山駅(旧千寿ヶ原)にいたりケーブルカー,バスで室堂に達する登山ルートがある。さらに室堂からバス,ロープウェー地下ケーブルカーで黒部ダムに達し,さらにトロリーバス,バスで長野県大町市に達する立山黒部アルペンルートが 1971年開通した。1972年には室堂から大観峰へ向かう途中のトンネル内にバスの雷殿駅が開設され,登山道へと通じている。バス道路は 1978年全面舗装された。中部山岳国立公園に属する。

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デジタル大辞泉の解説

たち‐やま【立山】

富山県の立山(たてやま)の古称。
「―に降り置ける雪を常夏に見れども飽かず神(かむ)からならし」〈・四〇〇一〉

たて‐やま【立山】

富山県東部にある山。数峰からなり、大汝山(おおなんじやま)は標高3015メートル、雄山(おやま)は2992メートル。立山黒部アルペンルートが通じる。古来、山岳信仰が盛ん。古称、たちやま。

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百科事典マイペディアの解説

立山【たてやま】

富山県東部の山地。広義の立山連峰黒部峡谷の西側に連なる飛騨山脈の北西部,三俣蓮華岳から猫又山までをいうが,普通はその主部をなす雄山(3003m),大汝(おおなんじ)山(最高峰,3015m),浄土山(2831m),別山(2874m)をさす。
→関連項目後立山連峰大糸線雄山雄山神社上市[町]木暮理太郎修験道雪渓立山[町]劔岳富山[県]富山[市]日本百名山乗鞍火山帯針ノ木峠薬師岳

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世界大百科事典 第2版の解説

たてやま【立山】

富山県南東部,立山町東部にあり,北アルプス北部を占める。奈良時代,越中の国司大伴家持に詠われた〈たちやま〉(《万葉集》)は,劔岳を含めた連峰の総称である。一般に立山というときは,最高峰の大汝(おおなんじ)山(3015m)と雄山(おやま)(2992m)を指すが,これに南側の浄土山(2887m)と北側の別山(べつさん)(2882m)とを加えた立山三山を指す場合もある。立山はいずれも古期の花コウセン緑岩と飛驒変成岩で構成されている。

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大辞林 第三版の解説

たちやま【立山】

飛驒山脈の高峰、立山たてやまの古名。

たてやま【立山】

富山県東部、飛驒山脈北西にある火山。大汝おおなんじ山(海抜3015メートル)を最高峰とし、別山・雄山の三山からなる。江戸時代には信仰登山が盛んであった。たちやま。
富山県東部、中新川郡の町。東部は立山ほかの飛驒山脈が控え、山岳観光の拠点。立山黒部アルペンルートが通る。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔富山県〕立山(たてやま)


富山県南東部、飛騨(ひだ)山脈(北アルプス)北西部を占める立山連峰の総称。狭義には大汝(おおなんじ)山(標高3015m)とその南の雄山(おやま)(同2992m)、北の富士ノ折立(ふじのおりたて)(同2999m)の3つ並んだピーク群をいう。これに北方の別山(べっさん)、南方の浄土(じょうど)山を含め立山三山とよぶこともある。富士山・白(はく)山とともに日本三霊山に数えられる。深田久弥(ふかだきゅう)「日本百名山」の一つ。室堂平(むろどうだいら)・天狗平(てんぐだいら)などの溶岩台地、ミドリガ池・ミクリガ池の爆裂火口湖などの火山地形が展開。雄山西腹にある天然記念物の山崎カール(圏谷)など氷食地形もみられる。奈良時代から山岳信仰の対象とされ、修験道場として信仰登山が盛ん。雄山山頂に雄山神社がある。富山県立山町から立山・黒部(くろべ)湖を経由して長野県大町(おおまち)市に至る立山黒部アルペンルートによって日本有数の山岳観光地となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

立山
たてやま

富山県南東部、北アルプス北部の山。立山本峰は雄山(おやま)(3003メートル)、大汝(おおなんじ)山(3015メートル)、富士ノ折立(ふじのおりたて)からなり、雄山神社本社のある雄山が立山の中心となっている。立山連峰は立山を中心に北は剱(つるぎ)岳・毛勝(けかち)山から南は薬師岳までの山々をいい、大伴家持(おおとものやかもち)が『万葉集』に詠んだ「たちやま」は立山連峰をさしている。また雄山、別山(べっさん)、浄土山を立山三山とよび、立山直下の溶岩台地をも含めた広範囲な地域を立山とよぶこともある。
 雄山、大汝山、浄土山は古期花崗閃緑(かこうせんりょく)岩と、一部はより古い飛騨変成岩で構成されている。雄山の北西直下には国指定天然記念物の山崎圏谷(カール)があり、東斜面直下に御前谷圏谷がある。このほか、真砂(まさご)沢、内蔵助(くらのすけ)谷などにもカール地形がみられる。広大な下部溶岩台地の弥陀ヶ原(みだがはら)は浄土山南西にあった古立山火山の第二活動期に形成されたもので、天狗平(てんぐだいら)や室堂平(むろどうだいら)はカルデラ壁に天狗山や国見岳、室堂山が形成された第三期の活動期に形成された溶岩台地である。五色ヶ原も古立山火山による溶岩台地である。地獄谷やミクリガ池はその後の余勢活動による爆裂火口である。
 立山は伝承では奈良時代の佐伯有頼によって開山されたという。平安時代から真言(しんごん)、天台などの修験(しゅげん)者の道場となり、山麓(さんろく)の芦峅(あしくら)寺、岩峅(いわくら)寺の人々は南北朝から室町時代にかけては越中(えっちゅう)守護と結ぶなど、立山衆徒としてあなどれない勢力をもった。江戸時代には芦峅寺一山33坊5社人の御師(おし)によって全国に登拝を勧進し、登山者の多いときは年6000人にも達したといい、富士山、白山(はくさん)とともに日本三名山の一つとしてあがめられた。明治の廃仏棄釈(きしゃく)で信仰登山は衰えたが、立山の各地に当時の信仰遺物が残っている。1971年(昭和46)立山黒部アルペンルートの完成で、立山は観光の山に急変した。反面、登山者は少なくなり、また自然破壊が懸念されている。立山には特別天然記念物のライチョウ、カモシカが生息し、高山植物にはタテヤマキンバイ、タテヤマウツボグサなど「立山」の名のついたものも多い。[深井三郎]
『高瀬重雄著『立山信仰の歴史と文化』(1981・名著出版) ▽富山県ナチュラリスト協会編『立山道を歩く 続――室堂平・雄山・黒部平』(2002・北日本新聞社)』

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世界大百科事典内の立山の言及

【立山】より

…富山県南東部,立山町東部にあり,北アルプス北部を占める。奈良時代,越中の国司大伴家持に詠われた〈たちやま〉(《万葉集》)は,劔岳を含めた連峰の総称である。…

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