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夜須行宗 やす ゆきむね

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

夜須行宗 やす-ゆきむね

?-? 平安後期-鎌倉時代の武将。
土佐(高知県)香美郡夜須荘の荘官。土佐に流されていた源頼朝の弟源希義(まれよし)をたすけた。希義が平家に殺されたのち,頼朝にしたがって平家追討に転戦。その功により建久元年(1190)本領を安堵(あんど)された。初名は行家。通称は七郎。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の夜須行宗の言及

【土佐国】より

…【玉井 力】
【中世】

[鎌倉時代]
 土佐における源平の争乱は1182年(寿永1)9月,長岡郡介良(けら)荘にいた流人土佐冠者希義(源頼朝の弟)が平家家人に討たれたことに始まる。その後,希義に通じて一時土佐を逃れていた夜須(やす)行宗(行家)の先導する伊豆有綱軍の土佐入国があって,土佐の武士で源氏に荷担するものもようやく多く,壇ノ浦の戦には夜須行宗のほか安芸時家・実家兄弟などの軍功が伝えられている。平家滅亡後の85年(文治1)梶原朝景が軍勢を率いて土佐に入部,戦後処理に当たっており,これは土佐の守護の先蹤といえる。…

【夜須[町]】より

…高知県東部,香美(かみ)郡の町。人口4458(1995)。町域は夜須川に沿って北東から南西に細長く,南西は土佐湾に面する。平安時代末期,石清水(いわしみず)八幡宮領夜須荘が置かれ,荘官夜須行家(行宗)は土佐に配流されていた源頼朝の弟希義(まれよし)を援助し,源平合戦にも勲功をたてた。夜須川下流東岸,出口(いでぐち)の城山に,行家の居城という下夜須城(三つ城)址がある。戦国時代以来の手結(てい)港は夜須川河口東岸にあり,手結山と岬によって風波がさえぎられ,古くから避難港として利用されたと考えられるが,堆積する土砂でしばしば使用不能となり,江戸時代前期,土佐藩執政野中兼山や小倉三省により大規模な改修工事が行われた。…

※「夜須行宗」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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