大井大寺跡(読み)おおいおおでらあと

日本歴史地名大系 「大井大寺跡」の解説

大井大寺跡
おおいおおでらあと

[現在地名]萩市大井 大寺

長北三大寺の一つに数えられる大井大寺の旧地は、萩市大井の海岸から東へ約二・七キロほど入った大井川沖積低地山地とが接する地点で、遺跡は現在の大井川の河床を含む氾濫原に埋没している。

昭和七年(一九三二)同所の川底で大きな心礎をはじめ多数の礎石が発見され、同一一年の堤防修築の際にも多数の布目瓦が出土した。さらに同四五年の河川改修工事でも、ほとんど同じ地点から柱座の造出部の径が六〇センチ前後もある礎石五個を発見している。

心礎の一個は、現在出土地点の西北五〇〇メートルにある大応だいおう寺前に据えられているが、長径三・三メートル、短径二・六メートル、厚さ約六〇センチで、中央の孔の直径九八センチ、深さ八―一四センチの巨大なもので、全国でも有数の壮大な塔礎である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 唐草文 宇瓦 鐙瓦

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む