大井郷・大井庄(読み)おおいごう・おおいのしよう

日本歴史地名大系 「大井郷・大井庄」の解説

大井郷・大井庄
おおいごう・おおいのしよう

和名抄」久米郡大井郷の郷名を継ぐものか。遺称地は不明であるが、史料上に幻住げんじゆう(現旭町)南方一色みなみかたいしき村がみえ、明治二二年(一八八九)大井西村・大井東村が成立するので、現久米町の中央部から西側一帯に推定される。「三長記」建仁元年(一二〇一)七月五日条に大井郷とみえ、京都清閑せいかん(現東山区)法華堂領の久米庄庄司と国司藤原知家との間で相論となっており、国衙領であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む