大仙波村(読み)おおせんばむら

日本歴史地名大系 「大仙波村」の解説

大仙波村
おおせんばむら

[現在地名]川越市仙波町・菅原町すがわらまち富士見町ふじみちよう

小仙波こせんば村の南の水田地帯。もと小仙波村と一村であったが、慶長年中(一五九六―一六一五)に分村したとされる(郡村誌)。「吾妻鏡」文治元年(一一八五)一〇月二四日条に、鎌倉勝長寿しようちようじゆ院供養の際の随兵として仙波二郎、建久元年(一一九〇)一一月七日条に北条政子入洛時の随兵として仙波平太、同六年三月一〇日源頼朝の東大寺供養時の随兵として仙波太郎承久三年(一二二一)承久の乱での山城宇治橋合戦で戦死した仙波弥次郎(同書同年六月一八日条)などの仙波氏は当地を本貫としたと思われる。延徳元年(一四八九)三月二日の上杉定正書状写(古証文)によれば、扇谷上杉朝良方へ「仙波」氏などの面々が訪れたときに武蔵野で鳥狩の雑談などが行われており、扇谷上杉家に重用されたようである。小田原衆所領役帳では御馬廻衆の沼野某の所領として「河越仙波之内」で五貫文、御馬廻衆の中村幸松の所領として「川越仙波内平七分・新三郎分」で一〇貫文、江戸衆の勝瀬孫六の所領として「仙波内天念寺分」で一九貫文、江戸衆の加藤大郎左衛門の所領として「仙波内日影分」で四八貫文、諸足軽衆の深井某に「入東仙波内八本木」で二貫文、北院・中院・南院の寺領として「仙波之内」で五五貫文などがみえ、うち加藤大郎左衛門の所領では永禄元年(一五五八)に、深井某の所領では弘治元年(一五五五)検地が実施されていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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