大佐貫村(読み)おおざぬきむら

日本歴史地名大系 「大佐貫村」の解説

大佐貫村
おおざぬきむら

[現在地名]明和村大佐貫

東は中谷なかや村、北は矢島やじま村、南は川俣かわまた村・須賀すか村。村中日光脇往還が通る。鎌倉時代末期と思われる足利氏所領奉行人交名(倉持文書)に大佐貫郷の名がみえ、南北朝期以後は鎌倉府の御料所となり、御家務料所として年貢三分の二を免除されていた。大佐貫の地名伝承によると、鎌倉幕府の御家人佐貫氏が居住していたことによる。慶長一〇年(一六〇五)の大佐貫郷新開田畑年貢割付帳(薗田文書)は、同八年に造成した新田畑に対し年貢を割付けたもので、田方籾は一〇石六斗余、畠方代は一貫三一一文である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む